今日は夢を見なかったけど、昨日は、夢を見た。非常に奇妙な夢だった。Dに話したので、今も記憶している。箇条書きで書くと、こんな感じの夢だった。
・道路に面したY字路に建つ二階建ての安アパートに住む、知り合いのおじさんUさんは、彼の家を狙う空き巣のような若者がいることを教えてくれる。Uさんは、そんなに気にしていない。私は開けっぱなしの窓の外から、部屋の中にいるUさんを見ている。そうしたら、奥から痩せ型の少し怪しい青年がアパートに近づいてくる。Uさんは追い払う。私はその一部始終を見ている。Uさんは、私が20歳の時に知り合ってお世話になった、元銀行員の、アナーキーな、落ち着いた目のギラギラと輝く、音楽を愛する心優しい人だ。
(私は、大好きだった人と別れたけど諦められない時に、「あの人のこと、めちゃくちゃ好きだったな〜って思い返すのも、なかなかいいものですよ。」ってUさんに言われた言葉をたまに思い返す。大切なものはいつまでも消えない。)
・知り合いの弟の住む場所に行くことになる。なぜかそこは、綺麗に整備されながらも、怪しげで暗いトンネルのような空間だった。ショービジネスが行われているのだろうか。執事などもいる。私は誰かと一緒にそこを歩いていく。ヴィジュアル系の格好をした、身長が80cmくらいの人たちが何人も横を通り過ぎる。私は一瞬びっくりして挨拶を忘れるが、挨拶されないことを失礼に思うその人たちの表情を見て、咄嗟に挨拶をする。
・地下にあるお土産屋さんで、キラキラのデコレーションシールを物色している。友達に見せるが、「それ、使うの?」といわれる。私は悩み、いくつか小さなものを購入する。横に有名なモデルの人が来て、買ったシールを見せてくれる。大きくて派手な、私の見つけていないものだった。
・その地下から出た場所は、大きな空港のような吹き抜けの空間で、学校のオフィスとか役場みたいな窓口があった。窓口の人と、何か話したかもしれない。その横に、忘れ物コーナーがあった。少し遠くで、Hさんが一人、歩いていく。私に手を振っている。「神谷ちゃーん」って言っていたかもしれない。
落とし物コーナーには一つ石が置いてあった。そして、先端が少しだけ茶色で塗ってある。それは、私は13歳ごろに実家の庭にあった小さくツルツルした綺麗な石に絵の具を塗ったのと同じものに見えたが、夢の中の石は、より粗野で、ゴツゴツしていた。
・外に出た。多くの人が、ビアガーデンのような雰囲気の中でお酒を飲み盛り上がっていた。もう夜だった。私は、スペイン系だという巻き髪の背の高い青年と話した。彼はギターを弾くらしい。他の会話はしなかった。それから、友達と一緒にタクシーに乗って帰るような、帰らなかったような、それは覚えていない。
・・
今日、朝起きたのは10時半ごろだった。思いのほか遅かったのでびっくりした。空が白いから、朝だってことが喜べない。お腹が空かない、そんな気持ちで、シャワーを浴びた。
シャワーを浴び終わって、石鹸越しに窓からそよぐ風を顔で感じた。石鹸の匂いと風の香りが混じり合って、いい気持ちだった。
今日は大学に行って、必要な書類を発行しようと思った。ついでに顔写真も撮ろうと思ったので、濃いめに化粧をした。ファンデーションを塗って、マスカラをして、アイライナーを引いた。けれど、あまりうまくいかず、ただ疲れて見えるだけに感じた。適当に服を選んだ。だから、今日はあまり人に会いたくないなと思ったし、出掛けてからも、何度もトイレで自分の姿を確認していた。顔が疲れていて、心が固まっていて、それを和らげる何かを必要としているのはわかっていた。
外に出た。今日は、いつもと違う駅を使おうと思い立ち、逆方向に足をすすめた。
少し歩くと、急勾配の坂の左側に、小高い丘のような公園が現れる。
そこは、Dの気配のある公園で、3本の木が印象強く立っている。私は、何かに急かされているような気がしていたから頭のどこかではそのまま通り過ぎようとしていたが、風に揺れる歯の擦れる音、虫の音が、大きく感じて、その公園に入っていった。
びっくりしたのは、木の奥に、白い躑躅の花がひしめくように咲いていることだった。私は奥へ進んで行った。躑躅を一つ摘んでみた。躑躅は、後ろが甘い花だと記憶している。だから蜜を吸ってみたが、何も味がしなかった。
3本の大木に近づいた。そのうちの2本は、滑らかな木で、一本は、割れ目の際立つ松の木だ。
滑らかな方の一本に、樹液が溢れているのを見た。白濁した樹液と、茶色い樹液があって、なんだか生々しかった。蟻がたくさんいた。しばらくじっと見て、他方の松の木に近づいた。その木には、ちょうど座れるような高さの出っ張りがある。私はそこに座った。小さな葉っぱが樹液で幹にくっついていた。葉を剥がすと蜂蜜みたいに伸びた。別の場所に移した。
気温が高くなって、樹液が変化したりすることってあるんだろうか。蟻が活発になったりもするんだろうか。
木は知恵の象徴だとする、そして私は木に近づく。最近、頭がおかしいんですと悩みを聞いてもらっているような気持ちで、近づく。そして離れる。坂を降りていく。
お腹がすいたわけではなかったが、気分があまり良くないのは、食べていないせいかもしれないと思い、美味しいベーグル屋さんに入った。ピンクソルトのベーグルに、ツナサラダを挟んでもらった。オーダーしてから、15分くらい待った。その間、多和田洋子の「地球にちりばめられて」を読んだ。久しぶりに、お話に丸ごと体が入っていくような感覚を覚える。
故郷はもう海の底に消え去っていて、ローマ帝国のように過去の遺産になっている。移民として生きる自分。もう戻る場所がなく、自分の出自がどこかとかも現実的な意味は失われている。今の自分の状況、ということがいつ変わるかわからないからこそ、今の自分の状況であることに意識を向ける。
お金を少し引き出し、ミントティーを買い、電車に乗る。小説を読み進める。
どこか、今、私には拠り所が必要で、それが読書であることに納得する。バイトもやめたので、話す量が減った。人と人は、何かを交わし合って生きている。知らない人とでもだ。バイトをして本を売っていた時は、何か、その実感があった。今は、本を読む側になる。高校生の時みたいに、読むのだ。病に侵されているから読むのだ。現実と本も、互いにやり取りを交わす。私は本を通じて、呼吸できるようになりたい、そして、何か遠くを想像したいのだ。
駅を降りる。ベーグルを齧りながら、公園の中を歩き進んでいく。
野球の練習場の横で腰を下ろす。ネットの奥に、鳩が10匹くらいいる。散らばっている。生ぬるい風と、視界一面の緑色のネット、鳩、ツナの挟まったベーグル。この瞬間の自分を写真に撮っておきたいような不思議な気持ちが湧き上がった。世界に色がついている不思議、マグロがパンに挟まっている不思議、少年たちのいない練習場を眺める自分。現実感がなかった。
大学へ行く道は、観光客がたくさんいる。目新しい風景に感動しているのか困惑しているのかわからない観光客たちの中で、私は歩いていく。
大きな木に覆われた通路がある。上を見上げると、濃く密集した葉っぱの間から光が揺れている。私は、こうやってたどり着いた場所を、いつか小さい時に見ていた気がするということを考えた。そんな、目のイメージようなものを想像したのは、Apichatpong Weerasethakulの展示を最近見たことから来ていると直感した。真っ暗な空間の中に、目玉が浮いていた。恐ろしく静かな場所で、森のざわめきの中、光は浮遊して、その光は私の中にも感じられた。
たまに思い出す、恐ろしいような気持ち、生と死が両方あることを感じること、静けさを体に聞かせることから離れていると、自分の欲望に飲まれてしまって、感覚さえも失える。
私は、思い出す。思い出せることは、強く印象に残っている断片的な景色。行ったことのない場所。これから行くかもしれない場所。
大学で書類を無事発行して、帰るか迷ったが、一つ展示を見ることにした。
昨日の夜、墨東奇譚という映画を観た。私は中学生の頃、墨田ユキの写真をTumblrで見つけて、少しだけ憧れていた。その頃の自分の顔と似た部分があって、こんなふうに綺麗になりたいと感じていた。その墨田ユキが、映画に出ていた。この映画に出ることが決まってつけた芸名なんだという事も知った。
この映画を見てから、東京に戦前生きていた人たちの暮らしぶり、文化をもっと知りたくなっていた。
そんなところで、大学の美術館で大吉原展がやっていたので鑑賞した。ちょうど映画と背景が重なり、興味深く見ることができた。この人は、どんな香りがしていたんだろう。どんな俳諧、和歌などが詠まれていたんだろう。そんなことを想像した。一方で、人身売買、厳しい生活リズム、政府から自己責任を押し付けられて肩身の狭くなっていく時代変遷などの側面を知った。その側面は、もっと分かったほうがいいと思う。最後の方は、なんだかテーマパークみたいで興醒めした。
美術館を出た。公園を歩き、噴水の横で少し腰をかけ、小説の続きを読む。この噴水のそばで座るとき、帰ってしまった留学生の友人を思い出すから、少しだけ感傷的になる。
なんだか、帰りたいけど元気が出なくて困った。多分、寂しいのと、締切のある書類に気持ちが追われていることが、理由だと思った。
そこで、Vに電話をした。Vも、多分一日気分が上がらず寝ていたようだったが、30分くらい電話をして、ゴールデンウィークにどこにいきたいかとか、書類を終わらせるにはどうしたらいいかとか、たくさん話したら気持ちは電話する前よりも明るくなっていた。
電車に乗り、今日の朝使ったのと同じ駅で降りた。
少し駅前で腰を休め、小説をまた読み進めた。私は特権的な自分が心底嫌になっていた。そして、私の言いたいことを小説の中で体現してくれていることに感動していた。
帰り道、また公園に寄った。空は暗く、私はそこで少しだけじっとした。また少し読み進めた。
そして気が済んだので公園を出ると、Dがギターケースを抱えて目の前を歩いてきた。私は、今日の疲れた姿を見られたくないような気がしながら目を擦り、彼をじっと見た。彼は私に近づいてきた。いつも温かい体が、少し冷たく感じられた。お互いが、どこか冷たい壁を背負っていることを感じた。簡単に言葉を交わした後、私は不思議な気持ちになった。今日、一日中何かのタイミングで彼のことを考えていたかもしれない。私はたくさん寄り道をして、暗い路を歩く彼に出会った。私も暗い路の中にいた。
川辺を歩くと、とてもいい気持ちになった。ここを走るのは気持ちがいいだろうなと思った。
ここに住んでいて、よかったとも思った。
そして、唐突に現れたのは、またもや密集する躑躅の花々だった。
この花は私に祖父を思い起こさせる。この時期に、庭の躑躅の前で写真撮影をして遊んだ記憶が深く記憶に残っているからだ。私は、この躑躅の小さな山々の間にたち、隠れるような気持ちになった。迷い込むような遊びを想像した。この景色をDに共有したいと思ったが、今ではないと思った。
そのまま、公園を深く進んでいった。広場のような草むらがある。私はバッグを木の麓に置いて、目を閉じて薄暗闇の中をゆっくりと旋回した。目を閉じ、開けて、輪郭の掴めない状況の中を探索した。全部が粒子みたいなのに、いい匂いがして、私はそこに溶けている。
いい匂いのする白い花を見つけたので、近くで嗅いでみたら、蜂が私にびっくりしてブンブン唸った。私はその花の匂いの充満する空気を吸いながら、またしばらく、ふさふさの雑草を踏んで歩いた。木に触れると、暗くてよく見えないからどこを触ったかわからなかったが、苔のようなふさふさしたものに触れた。
孤独を心に飼い慣らして、道を自分で探すしかないと思う。
当て所ない旅がしたいなと思う。
アパートの庭のバラが咲き始めている。
心の中でただいまといった。
少しだけ、安心した。
シャワーを浴びた。
今日は、少し早く眠ろうと思う。
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